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兼六園が近すぎて・・・

私は、私と母と兼六園の記事でもお伝えした通り、生まれも育ちも石川県金沢市です。(伝えたかな・・・(汗))

少し兼六園の歴史や石川県の歴史について記事を書いてみましたが、書いていながら、歴史というのは本当に今の私達の土台になってるんだろうなぁ〜としみじみ考えさせられてました。

例えば、今の私がタイムスリップして、昔の石川県に戻ったとしても、同じ石川県金沢市育ちの人間ですが、きっと今の私のような人間にはなってなかったでしょう。

時代や歴史を経て、今現在の石川県金沢市に触れてきたから、今の私があるわけです。
子供の頃には、そんなことも考えませんでしたし、思いつきませんでしたが、少し大人になると、こういうこともたまに考えたりするようになりました。(私だけかもしれませんが・・・(汗))

私が知っているのは、今の石川県であり、今の兼六園だけです。
私の子供達やひ孫達が見る石川県や兼六園はまた違うのだろうと思うと、今のこの時間をより一層大切に生きないともったいないというところに考えが至ります。
日々日常の生活は仕事に追われ、時間に追われ、ふと息を抜いた時には、身体の疲れに気付き、少し休むとまた時間に追いつかれ・・・・・そんな繰り返しです。

癒しの時間というのは、自分の子供の頃の想い出だったり、または今の時間を友人とバカ騒ぎするかのどちらかです。

私にとって、石川県というのはかけがえのない土地であり、兼六園はその一部にあって、小学生の頃に偶然知ったお庭みたいなものです。

県外の私の友人は、また今度兼六園行くね。と言いますが、兼六園に来ても私はいませんから。(笑)
でもその表現ができるようになれば、石川県はだいぶん知ってるという意味かもしれませんね。^^(いや、どうかな。)

もし冬に石川県に来られることがありましたら、一応、石川県は雪国ですので、少し滑らない靴や、厚手のコートを着て来られると、幾分か過ごせると思います。

兼六園の周辺と石川県

兼六園が石川県にあることを、ご存知でない方もまだまだおられるかと思います。知っておられても、兼六園にはおろか、石川県に行ったことがないという方も少なくないのではないかと思います。

前田家が謳われるのは、加賀百万石ですが、兼六園は石川県金沢市にあります。石川県には加賀市という街がありますが、加賀市が前田家の拠点ではなく、金沢市の金沢城が前田家の拠点でした。
金沢城は兼六園のすぐ隣にあります。
金沢城に行かれた際は、そこから兼六園を見ると、前田家の庭だったんだということが、体感できると思います。
金沢市自体が前田家の庭園だったのかもしれません。
その中でもとりわけ、兼六園に目をかけ、手入れを怠らなかったのかもしれませんね。

石川県金沢市へ観光などで訪れる際には、一度は兼六園に触れてみることをおすすめします。兼六園の入り口にはお茶菓子などを楽しめるスペースがありますが、兼六園内にも、休憩できる場所があります。
お日柄の良い日であれば、座席に座りながら霞ヶ池を眺めるもよし、後ろを向いて、金沢の城下町を眺めるもよしです。
また、夏の暑い時の兼六園と冬の寒い時の兼六園の様変わりも見所です。もちろん、春に咲く桜の彩りや秋の少し淋しい空気も見所です。
四季おりおりの兼六園の表情は4つの兼六園と思える程の違いがあります。

各季節の兼六園を味わいながら、石川県をもっと知ってみるのも、楽しみとしてみてはいかがでしょうか。

兼六園の歴史と日本三名園

石川県は金沢市の兼六園は日本三名園の1つですが、残りの二つの名園というのは、水戸の偕楽園と岡山の後楽園です。

兼六園という名は松平定信によって、ある中国の詩人の書物の六つの言葉を基に名付けられたそうです。

石川県は戦国時代、大名は前田家。百万石というのは、大変大きな勢力だったと言われています。
加賀百万石というのは、現代でも言い継がれています。
盆踊りなどの祭りの踊り歌にも、加賀百万石が歌われています。

その当時から兼六園があったということですが、命名される以前も密かに園を築いていたのでしょう。そう思うと、命名されないまま、現代を迎えていたとしたら、兼六園はまた違った形の兼六園だったでしょう。

考えても仕方ありませんが、いろいろなものが石川県や兼六園の歴史と共に築き上げられ、現在の石川県があり、兼六園があるのですね。なにか神秘的なものを感じます。

兼六園は、前田家にとっての大切な園(庭園)として大事に受け継がれて、今の兼六園がある言っても過言ではありません。
石川県の文化や県民性なども、こういったところから形成されてきたのだと思います。

偕楽園、後楽園と肩を並べる兼六園。
日本三名園とは、今に始まった呼び名ではなかったのですね。

母と私と兼六園

私が兼六園へ初めて行ったのは、小学校2年生か3年生の頃だと思います。

当時の先生からだったか、兼六園という日本で3つしかない有名な庭があるんだよとでも聞いたのでしょうね。

小学生の低学年の頃なんて、市内はおろか、地域の町が全ての世界ですから、知る由もありません。

私は母に兼六園に行ってみたいと言うと、すぐに連れてってくれました。

兼六園。。。兼六園ってどんなとこなんだろう?と、勝手に遊園地みたいな乗り物を想像していたと思います。何となく覚えてますから。^^

母とバスに乗ること30分。当時の私にしてみれば、新しい土地ですから、見るもの全てが新しかったでしょう。

さてさて、兼六園へ着いたわけですが・・・・・!?
何やら雰囲気が違う。イメージしていた兼六園と違う。。。(笑)
遊園地・・・じゃない・・・(涙)

母は、私に兼六園というものを教えてくれました。
私も最初だけ抵抗があったものの、そういう遊園地もあるんだ。と、覚えたような・・・・・(笑)

何が嬉しかったのか判りませんが、それから短期間の内に何度か母と兼六園へ行きました。なぜかは未だに判りませんが、私の中で何か発見があったんだと思います。
と言うより、母と一緒に楽しめるというのが嬉しかったのかもしれません。

当時は金沢城は金沢大学という大学に使用されていましたが、やはり大学生の質が下がってきたのか、タバコのポイ捨て、缶ジュースの空き缶放置、、、などなどが目立つようになり、重要文化財を守ろうという動きから、今は金沢大学としては利用されていません。金沢大学としても、残念なことだったかもしれません。聞いた話ですので、実際の理由は判りませんが。
(こういったことを聞くと非常に残念ですね。世界の環境問題が改善されないのは、要するに人間の心の問題という辺りでしょうか。本当に悲しいです。)

話が反れましたが、そいう風に、私は兼六園を知りました。
兼六園が母と私の遊園地だったのかもしれません。

石川県の兼六園!季節の顔

日本3名園の内の一つが、この石川県は金沢市の兼六園。

情緒溢れる城下町金沢の中心街に兼六園は位置します。
四季折々の表情を持ち、観光名所として昔から県内外問わず、来る人に親しまれ続けています。

石川県は日本海に面した地域で、北陸地方の中心都市です。
人口は約110万人〜120万人で、中心街である片町や香林坊の賑わいをはじめ、駅周辺、野々市といった各地域も割りと活気のある土地です。

兼六園は香林坊の近くに位置します。

21世紀美術館はみなさんもご存知ではないかと思います。21世紀美術館も楽しいです。心にゆとりを作ってくれます。

金沢駅からバスで約10〜15分程で、香林坊に到着します。(駅から歩いて兼六園まで行く観光客もいるみたいです。(すごい))

香林坊に到着したら、大和&アトリオ(大きい百貨店です。)の建物の裏手にある中央公園を横目に、道沿いに歩いて行くと兼六園の入り口が現れます。

入り口を正確に言うと、もう少し坂を下ったところにあるのですが、どちらから入って、どちらから出ても良いらしいです。
無料開放の日もあります。

兼六園周辺には、昔ながらを感じさせるようなお茶菓子や雑貨のお店がずらりと並んでいます。

お土産や小休憩をして、ホッと一息をつくのも、またこの兼六園の醍醐味の一つではないでしょうか。

季節柄の良い春、秋に、温かいお茶とお茶菓子を楽しむのも乙なものです。^^

夏の兼六園は、差し込む光が池や樹木と交わり、輝かしい顔で迎え入れてくれます。

冬の兼六園は、雪釣りされた松の木がところどころで力強く立ち構えます。^^

季節の顔、味が満載の兼六園は、私の故郷の大切な文化財であり、観光名所でもあります。
金沢城と兼六園を観光すると、すっかり夜の兼六園に早代わり♪^^

時間が経つのは早いものです。

もし、まだ兼六園を訪れたことの無い方は、ぜひ一度、石川県の兼六園を味わってみてはいかがでしょうか?